嶌田 浩

嶌田 浩

プロフィール
名前嶌田 浩(しまだ ひろし)
出身地愛媛県
移住年2012
職業農家
嶌田 浩
最近の活動日誌
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嶌田 浩

鳥取県八頭郡智頭町八河谷109-1

野菜、芋類、雑穀、豆類、米、味噌

自然栽培で家族の幸せを育てる

自己紹介

 生まれも育ちも愛媛県。長男であるしここを出ていくことなど考えもしなかったが、嫁さんと知り合い初めてアトピー性皮膚炎とか、アレルギーなどという言葉を耳にし、自分にはとんと縁のなかった言葉で、聞けば子供の時かららしく、結婚してから長男が産まれ、アレルギー科の先生にすさまじい数のアレルギーの物質の品目?や数値の書いた紙をもらい、愕然としました。この子は何を食べていけばいいんだろう?そのアレルギー物質の中には「土」アレルギーなどと、ふざけた文字があり、この地球で住めないのか!?私と嫁さんのなかに何かがプッチンと切り替わりました。これは何かが間違ってる!いや、そもそも最初の最初から何かがおかしいと、レコードのA面からB面に切り替わった瞬間でした。

 しかし、もやもやした日が流れて、くしくも長男が二歳の誕生日、3月11日。東日本大震災が起こり、その数週間後に被災地のボランティアに加わり、どうにか現地にたどり着くやいなや愕然としました。何もない!何かあったであろう所に何もない!しばらく頭がフリーズしました。被災地では、流された家や自動車などの撤去作業を担当し、35年ローンで建てたマイホームであったであろう家や、超高級車であったであろう原形をとどめない車などをもくもくと撤去していて、気づいたことが、「地上にある人の作った物質に価値はない!」、余りにも短絡すぎる考えですけど、これを基本に考え行動しだすと、いつの間にか自然栽培にたどり着いていました。

 2012年に智頭町に移住し、米、野菜を自然栽培で育てて、加工品は味噌、塩、ジャムなどを作っています。他には、民泊もしていて、泊まって頂いたお客様に、ここでしか、今しか食べれない食材でおもてなしをしたり、特にアレルギーのあるお客様がうちを選んで来ていただけると、自然栽培をやっててよかったなぁ。と、いつも思います。

 肝心の嫁さん子供のアレルギーはどうなったかというと、アレルギーの反応は出ますが、症状の質が全く変わりました。不快なだけのものから、今では異物を体内に入れたサインとして読み解くことができるようになったようです。長女が産まれ四人家族になり楽しくやっています。

自然栽培について

 百姓になろうと、十五年働いた会社を退職し、いざ始めようとするも余りにも農家になるということのハードルの高さに愕然としていた時に、愛媛県の松山市で木村式自然栽培を実践されている佐伯康人さんに出会い、押しかけ女房的に、給料はいらないので一年間勉強させてくださいと、藁をもすがる思いで飛び込み、いろいろ学ばせていただきました(本当にお給料はくれませんでしたが)。私にとっては自然栽培が初めて見た親鳥で、普通の農法は今でも全く知らないままです。

 普通の農法では作物は作るものだそうですけど、自然栽培的な目で見ると、自分が作ったなどと口が裂けても言えない(子供にはパパが作ったと言っているが・・)、何か見えない力で生きている、いろいろなものを、できるときだけ、できただけいただいている。そんなふうに感じざるを負えない何かをいつも感じとれます。

 大型機械にまたがって作業をするのが悪いとは少しも思いませんが、子供も米、野菜達もおんなじで上から見下してものを言ったて、萎縮すれだけで、相手の本当の気持ちや思いは伝わりません。やはり、同じ目線にまで目を下ろし、時には股の下まで覗くように、対象物に近ければ近いほど、温度や湿度、においや味といった五感で感じ取れる空間まで自分が寄り添っていくことで、お互いが気持ちのいい関係になれるのだと、自然栽培の見本であり、バロメーター的な二人の子供を見ながら日々軌道修正しながら生きています。

今後の目標

 愛媛で暮らしていた時に科学的なものを使用しない食べ物をいろいろなところから調達させて頂いていた側から、今度は私たちが、普通に、安心して、気軽に、定期的に、手に入る、そんな世の中にしていけたらいいなぁ。今は狭いコミュニティでも、智頭町から鳥取県、日本から世界中へ、今は小さな自然栽培が芽吹いていくと、いつか満開の花が咲くことを思い描いています。

 自然栽培から(子育てからも)学んだ大事なこと。あせらない!いつかその時が来るまで待ってあげる!その時が来たら勝手に大きくなる!人も植物もすべて否応なしに今いる空間、環境に影響を受け、食べたもの、吸収したもので、現在の物質は構成されている。

 私の目標!まず一番小さなコミュニティである家族を幸せにすること。家族を幸せにできないようでは、世界を幸せになどできるわけないからね。

智頭町の好きなところ

 水、空気、位置的状況、苦しいであろう財政の中で智頭町としてまわしている。(そんなような気がする。)人口が少ない(これからもっと少なくなる)=これから訪れるであろう日本の縮図を真っ先に体現できる、抜けられる(うまくいけば)、あとは、今の日本人がわずらわしいと思っているご近所付き合い、おせっかい、人とのかかわりあい、これらが全てこの街にはあります。今の日本人は、もしかしたら、このわずらわしいことに飢えてるんじゃないかなぁ。私もマンション暮らしでしたが智頭町に来て、”生きている、生活をしている、営んでいる”と、言葉ではない、体がそう感じているようです。

 ”芽吹きはいつも端っこから”誰の言葉だったか、智頭町はその端っこ的なところが好きです。

お求めの方へ

 自然栽培のお野菜やお米、お味噌など、できたもの、今あるだけを、になりますが、食べて頂けたら幸いです。移住を考えている方、アレルギーの関係で旅行や外食を気軽にできない方、どんなところで育っているのか、興味がおありの方は、是非民泊も体験してみてください。

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